みなさん、「培養肉」って聞いたことありますか?
人工的につくったお肉のことです。
培養って、ばい菌を増やすような響きで、ちょっと食べ物には使わないような言葉ですね。なので、「培養肉」という言葉に違和感を感じるのではないでしょうか。「人工肉」と呼ばれることもありますが、どちらもイマイチ。「クリーンミート」という呼び方も登場していて、少しはマシになってきました。今後、もっといいイメージの言葉に変わる可能性がありますね。
そして「培養肉」のベンチャー企業が続々と市場参入して、投資家の注目を集めています。大手企業も投資、提携、自ら参入など、動きが活発化しています。食品業界が大きく変わるかもしれない大変革として、「培養肉」や「人工肉」「クリーンミート」に注目が集まっています。今日は、そんな「培養肉」の世界について見ていきましょう。
■ 培養肉とは? 作り方は?
培養肉の作り方は、言うのは簡単。実際に作るのは大変です。
お肉は、主に筋肉と脂肪でできています。筋肉がないと、お肉とは言えないので、まず筋肉を細胞からつくります。
1. 細胞の数を増やす
筋肉の元となる細胞の「筋芽細胞」を使い、栄養たっぷりの環境(培地と呼びます)で、ぬくぬくと細胞分裂して数が増えるのを待ちます。かなり地味な作業です。ジッと待ちます。
このとき、温度や栄養分が重要な要素になります。生物の中では、血液が流れていて、栄養がどんどん運び込まれてきますが、人工的にこの環境をつくるには、かなり大量に栄養分を与えてあげないといけません。これが、ものすごく大変で、お金もかかるのです。
2. 繊維組織をつくる
単純に細胞を増やすだけでは、ドロドロに解けた状態の肉、ペースト状の肉くらいしかつくれません。普通に食べられる「お肉」や、歯ごたえのあるステーキ肉に近づけるには、繊維組織をつくる必要があります。
筋肉は繊維状の組織でできています。この状態に成長させるのに適した培地に移して、さらに細胞を増やします。そうして筋繊維ができると、ようやく「お肉」らしくなってきました。
さらに、土台となる組織の形を用意して、その上に肉の細胞が成長するようにします。また、電気刺激や、物理的な力など、色々な刺激を加える方法もあります。こうして、「培養肉」が完成します。
■ 培養肉はどんな味? おいしい?
現状では、食べて「美味しい」と言う人は少ない。食べられなくもない、という程度です。お肉がおいしいと感じるには、脂肪分が必要なのです。ということは、筋肉細胞の他に脂肪細胞も混ざった状態にしないといけない。
脂肪も、あればいいというわけではなく、おいしい脂肪をつくる必要があります。
筋肉も脂肪も自然に成長させるためには、血管が必要です。細胞だけでは大きく育たず、おいしくもないのです。組織が大きくなると、隅々まで栄養を行きわたせるために、血管が必要になってきます。ここまでくると、もう生物をつくるみたいな感じですね。
脂肪を入れずに、おいしくするには、調味料で味付けする方法があります。こちらの方が楽ですね。安いお肉を買ってきて、味付けでなんとかごまかす。外食でも安いお店は、ほとんど味付けの勝負です。そう考えると、お肉自体に味が付いていない方が、調理しやすいかもしれませんね。
■ 人工肉バーガーは1個3000万円!?
2013年にMosa Meat社が世界で初めてつくった培養肉(人工肉)バーガーは、1個3000万円以上の費用がかかったそうです。実験とは言え、凄い金額ですね! 現在は、1個1000円くらいを目指して研究開発中。そのために、約10億円の投資を集めている、注目企業です。
コストの高さは、細胞を育てるために与える栄養分や成長ホルモン。従来は、動物の血液や血清から抽出していました。動物の体の中から取り出したもので、人工的にお肉を作るって、ムダな気もしますね。
現在は、実験なので仕方ないのですが、将来的には、体内でつくられる栄養分や成長ホルモンを人工的につくる研究が始まっています。
今はメチャメチャ高いけど、将来は急速に安くなる可能性がある。ということです。
■ 培養肉の問題点、安全性、リスクは?
培養肉をつくる上で、まず問題になるのはコストでした。でも、それも解決の方向に向かっています。
家畜の飼育にも、それなりにコストがかかります。餌や水が膨大に消費されているのです。また、牛のゲップにはメタンが多く含まれ、大気中に及ぼす影響も懸念されています。二酸化炭素も多く排出されます。今までは自然なこととしていましたが、家畜として大量生産すれば、地球環境に与える影響は無視できなくなります。
動物を殺して食べるのはイヤ。という考え方もあります。動物を殺さない、という意味から、培養肉のことを「クリーンミート」と呼ぶこともあります。ちょっと、イマ風に聞こえますね。
こうなると、家畜の肉より培養肉の方が環境にやさしいという時代が来るかもしれません。
では、安全性はどうなのでしょうか?
培養肉の元は、動物から抽出した細胞です。ここに様々な栄養素や成長ホルモンを与えて育てます。つまり、細胞が育つ環境が自然に近いかどうかが問題になります。従来は、動物から抽出した栄養素などを与えているので、自然に近いと言えます。でも、与える成分の配合や温度、時間などが自然なものかどうかは、よくわからなくなります。
実際に問題が起きるとすれば、培養液に細菌などが混入すること。汚染された環境で培養肉がつくられるのは困ります。この点では、培養肉の生産ラインの衛生管理が重要になります。通常の食品加工以上の衛星管理が求められるでしょう。肉の細胞を成長させる過程では、食品加工より周囲環境の影響を大きく受けるためです。
今後は、さらに栄養分も人工的につくることになると、その衛星管理も重要になります。
ちょっと視点を変えてみると、野菜の世界では既に、水耕栽培というのがありますね。自然の土を使わず、人工的に管理された水の中に栄養分を流し込んで、これだけで野菜を育てます。現状は高級野菜の部類に入ります。つまり、人工的であることがプレミアムになっている。つまり培養肉も、そういうプレミアムなお肉になる可能性があるわけです。
今のところ、自然の肉か、培養肉かを、区別して流通させることが重要ということになっています。「遺伝子組み換え大豆」のように表示することで、消費者に選択してもらうという考え方です。お店で「培養肉を使用しております」と書かれていたら、買うかどうか。微妙な気分ですね。
政府による規制の観点も見てみましょう。米国では、米国農務省(USDA)が、肉、乳製品、卵などを管理監督しています。この他、米国食品医薬品局(FDA)が、加工食品や食品添加物などを管理監督しています。現在の培養肉は自然の肉とは言えないので、USDAの管轄外です。では加工食品かと言えば、微妙な感じで、正式に監督官庁が決まっていない状態のようです。
■ 日清が成功した「培養ステーキ肉」とは?
初期は、米国企業の取り組みが注目されていた「培養肉」ですが、最近では、日本の大手企業も参入してきました。
2019年3月22日、日清食品が「培養ステーキ肉」の試作に成功した、と発表しました。
培養肉の中で最も難しいと言われている「ステーキ肉」です。歯ごたえがあって、大きな塊の肉をつくることは、とても難しいのです。
また、東京大学 生産技術研究所、科学技術振興機構(JST)との共同研究というところも凄い。日本の総力を挙げたプロジェクトで、日本の底力を見せてくれました。
肉本来の食感を持つ「培養ステーキ肉」実用化への第一歩
~世界初、サイコロステーキ状のウシ筋組織の作製に成功~
(日清食品HPより、2019.03.22)
世界で初めてサイコロステーキ状(1.0cm×0.8cm×0.7cm)の大型立体筋組織をつくることに成功!
1cm角でも、大型というあたりから、この研究がまだ初期段階であることがわかります。
世界的な人口増加により、食肉の需要が増加する中、家畜の生産に必要な餌や土地が問題になる。人工的に管理された環境で、ある意味安全に肉の生産を行うことは、今後の選択肢を広げるためにも、大いに意義のあること。としています。
製作工程は少し複雑です
1. ウシ筋細胞にビタミンCを与えた
2. コラーゲンゲルの中で立体的に培養した
3. 筋細胞の集合体を積層し、特殊な方法を用いて培養した
色々な工夫の結果、この成果を得ているということです。
ともかく、実験で終わらせる筈はなく、実用化を目指しています。将来的に大きな市場に成長することを見込んだ、先行投資ですね。
■ 培養肉への投資、日本ベンチャーは? 株価は?
では、培養肉市場に参入している企業は、どんな状況なのでしょうか。日本にもそんな企業はあるのでしょうか。ちょっと見ていきましょう。
・バイオハッカー集団「Shojinmeat Project」(日本)
従来の1000分の1未満までコストを下げる方法を開発中。会社組織ではなく、様々な分野の専門家があつまったコミュニティというところも、面白いですね。
色々な情報を公開していて、個人が自宅で細胞培養実験ができる「卓上純肉培養器」の開発に取り組んでいるとか。ぶっ飛びすぎです!
https://shojinmeat.com/wordpress/
・インテグリカルチャー(日本)
2017年に、鶏レバーの試作に成功。2025年には培養ステーキ肉を完成させるのが目標。既に、3億円を調達。
https://integriculture.jp/
・ジャスト(JUST)社(米国)
200億円以上の投資を集めていると言われる、ベンチャー最大手です。
https://www.ju.st/en-us
・Beyond Meat社(米国)
Beyond Meat社は、肉の細胞ではなく、植物由来の植物性たんぱく質(未来のたんぱく質)を原料に、食肉と同じレベルの見た目と触感を再現した「代替肉」を製造しています。
2019年5月にIPOし、株価が急上昇。注目を集めています。5月10日時点で$66.22だった株価は、6月28日に、$160.68と2倍以上も値上がり。時価総額は、約90億ドル。1兆円に手が届きそうな勢いです!
米国の食事宅配サービス「Trifecta」と提携して、米国50州で販売。米小売り大手のホールフーズでも販売が始まり、ハンバーガー用パティ、ソーセージ、挽肉などを、約100店舗で取り扱い中。日本からは三井物産が出資しています。
正確には、培養肉ではなく、さらに肉でもない植物由来なので、「代替肉」と呼ばれています。お豆腐ハンバーグみたいな感じですね。
日本でもバーガーキングのメニューに採用されるそうです。なんでも、通常のハンバーガーより高い値付けとか。味や食感は肉そっくり。さらに、脂肪やコレステロールを低く抑えて、ヘルシーなハンバーガーとして売り出すそうです。安物ではなく、プレミアムなお肉という位置づけです。これは、注目されるわけだ!
・Impossible Foods(米国)
Impossible Foodsも植物由来のタンパク質を原料とした「代替肉」を製造している会社。累計4億ドルを調達しています。
すでに、同社のハンバーガーは第二世代に入り、大豆タンパク質を使用した”Impossible Burger”(インポッシブルバーガー)が販売されています。食感も味も肉そのもの、肉汁もしたたる本格派です。
2017年には、アメリカ食品医薬品局(FDA)が同社の安全性について調査中とのことでしたが、今も販売は続けられています。新しいものには、疑問もあるけど、注目も大きいということですね。
2019年8月、FDA(米国食品医薬品局)は大豆レグヘモグロビンが火を通してなくても安全だと認可。一般消費者も生の状態でスーパーで購入できるようになりました。
https://www.instagram.com/p/B2xWvoelDhI/
・Memphis Meats社(米国)
200万ドルを調達。2021年までに培養肉の一般販売を目指しています。
・Future Meat Technologies社(イスラエル)
食肉加工大手のタイソンフーズから、200万ドル(約2億円)を調達。
・アレフ・ファーム社(イスラエル)
厚さ3mmのステーキ肉の製造に成功
・SuperMeat社(イスラエル)
ドイツの畜産食肉大手PHWなどから300万ドルを調達
・MosaMeat(オランダ)
ドイツの製薬会社Merck KGaAとスイスの肉処理業者Bell Food Groupから880万ドルを調達
などなど。世界では数多くのベンチャーが投資家の注目とお金を集めて、開発競争が激化しています。まだ、上場企業は少ない状況です。シード期の投資家は、将来を見込んで、仕込み中というところですね。
Beyond Meat社のようにIPOすれば、膨大なリターンが得られるでしょうから、投資の機会がある人は、要注目です!!
■ 培養肉の市場規模は?
では、市場全体の見通しはどうなんでしょうか?
一例ですが、こんな市場予測レポートが発行されています。
人工肉世界市場 2023年に1500億円規模に
MDB Digital Search 有望市場予測レポートシリーズ
株式会社 日本能率協会総合研究所(2019年4月24日)
2017年時点で既に800億円の市場規模って、どこにあるのかわかりませんが。ベンチャー企業への投資額とすれば、そのくらいあってもおかしくないです。
駆け足で見てきました「培養肉」の世界。いかがでしたでしょうか?
10年後には培養肉が普通に食卓に並んでいるかもしれません。そのころは、もっとカッコイイ名前になっていると思います。今度の動向から目が離せませんね。要注目です!!
ではでは。
参考情報(Shojinmeat Projectでの細胞農業の取り組みより、Jan 12, 2019)